• 著者高橋順子(詩人)
  • 出版社文藝春秋
  • ISBN9784163906478
  • 発行2017年5月

夫・車谷長吉

この世のみちづれとなって――



十一通の絵手紙をもらったのが最初だった。

直木賞受賞、強迫神経症、お遍路、不意の死別。

異色の私小説作家を支えぬいた詩人の回想。





【本文より】



長吉は二階の書斎で原稿を書き上げると、それを両手にもって階段を降りてきた。

「順子さん、原稿読んでください」とうれしそうな声をだして私の書斎をのぞく。

私は何をしていても手をやすめて、立ち上がる。食卓に新聞紙を敷き、

その上にワープロのインキの匂いのする原稿を載せて、読ませてもらう。

(中略)

それは私たちのいちばん大切な時間になった。原稿が汚れないように

新聞紙を敷くことも、二十年来変わらなかった。相手が読んでいる間中、

かしこまって側にいるのだった。緊張して、うれしく、怖いような

生の時間だった。いまは至福の時間だったといえる。 (本文より)

>> 続きを表示
    •  
    • この本が読めるところ
    • 借りた人・借りている人