旅の時間に託した人生哲学。大人の小説
酒を愛で、食通として知られた著者は、気儘な旅を好み、名作『金沢』によって、月明かりの世界に、古都の漆のように艶やかな魅力を妖しく浮かび上がらせ、『時間』によって、独自な人生哲学を語った。自在な空想と想像力を駆使し、パリ、ロンドン、大阪、神戸、京都など親しく馴染んだ土地を舞台に、「生の意義」を思索した連作短篇集『旅の時間』によって、日本近代文学は確かな、ゆとりある大人の小説を得た。
清水徹
個々の作品の排列には特別の意図があったとは想像しにくいが、読んでゆくと一作ごとに≪時間≫の語られ方の気分がさらりと変えられていて、そうした短篇の排列具合から微妙に変化するリズム感が感じられる。≪旅の途中の時間≫と≪旅先での時間≫ではそれぞれに、時間の受けとめ方が、あるいは時間と空間の関係が、微妙に、しかし確実にちがう。その微妙な差異を吉田健一は独特のしなやかにうねる文章によってみごとに表出している。――<「解説」より>