大量の青銅器が出土した出雲の神庭荒神谷遺跡は八束水臣津野命を祭った祭祀場であり、国引き神話のメッカというべき場であったことを解明するとともに、元々銅鐸は国生み神話のイザナギ・イザナミを祭るものであったが、加茂岩倉遺跡に、銅鐸が集積され出雲全体の祭祀に移行する過程で大国主命の祭祀に収斂されていったと指摘している。