筆者は普段、北欧の公共図書館を研究対象にしているのだが、ずっとオランダの公共図書館が気になっていた。ノルウェーに調査に行った折のことである。小さな町の図書館司書に面会したとき、開口一番、次のように尋ねられたのだ。
「日本では、図書館サービスは有料ですか?」
日本の公共図書館サービスはすべて無料で利用できると答えると、司書は心底ほっとした様子で「ノルウェーもです」と言った。そして顔を曇らせながら、「でもね、オランダでは課金するんですよ」とつけくわえた。
そう、オランダでは、公共図書館サービスが有料なのである。
近代公共図書館は、「無料」「公開性」「自治体による直接運営」という三つの理念を拠り所としてきた。公的予算が縮減し、新自由主義の影響を受けた市場主導型の文化政策が強まるなか、自治体直営の原則は揺らぎつつある。それでも最初の二つの条件、すなわちすべての住民がいつでも無料で公共図書館を利用できるという点については、公共図書館制度が整備されたほとんどの国で、基本的人権に関わる文化保障の観点から維持されている。
オランダに行くまでは、「いかなる理由があるにせよ、公共図書館サービスへの課金が許されてよいはずがない」と思っていた。無料だからこそ公共図書館と呼べるのではないか、と。こんな思いがあったため、訪ねる図書館すべてで、司書や職員に「なぜ課金するんですか?」と片っ端から聞いて回った。
充実した公共サービスで注目されてきたオランダで、いったいなぜ図書館は有料なのか。読者のみなさんにもぜひ本書を通じてその理由を知ってもらい、公共図書館という存在を考えるきっかけにしてもらえればと願っている。(よしだ・ゆうこ)