異なる人たちの、〈公平〉な社会にむけて動けない「足」が障害なのか、車いすで移動するのに適さない「社会」が障害なのか。支援するためには病や障害の原因を「同定」することが必須なのか。公平な社会のあり方を考えてきた政治哲学が、障害を取りこぼしてしまってきたのはなぜなのか。誰もが不利益を不当に被ってしまわない社会――政治、経済を見失わず、確固たる思想的基盤をひとつひとつ作り上げていく、明日の社会のための強靭な思想。