戦争へと向かう雄叫びが響く昭和16年、一冊の評伝が世に出た。クララ・シューマン――書簡や日記、家族の回想記をもとに気品ある美しい日本語で書かれたこの評伝は戦争下の日本人の心を打ち、5年後に著者が亡くなったのちも、改版を重ねながら読み継がれていく。
天才少女として楽界にあらわれた当初より、クララはセンセーションを求める聴衆の期待から遠く離れ、内面的で静かな音楽的境地を守って、演奏に純粋さ、精神性を加えていった。ピアノによって、作曲者と聴衆の間に温かな感情の交流を虹のごとくかける、たぐいまれなインタープリター。非凡な許婚者との恋、音楽的・精神的に豊かにされた夫婦としての日々。シューマンの没後、40年にわたる年月を彼女はピアノとともに、恵まれた友情とともに生きた。
メンデルスゾーンやショパン、シューマン、ブラームスら、翼ある人々とロマン派の時代を織りなしたクララ・シューマンの「女の愛と生涯」(Frauenliebe und Leben)。