大正時代には霊術・精神療法と呼ばれる治療法が流行し、最盛期の施術者は三万人ともいわれる。暗示、気合、お手当、霊動などによる奇跡的な治病だけなく、精神力の効果を示すための刃渡りのような見世物的危険術や、透視やテレパシー、念力のような心霊現象が彼らのレパートリーであったが、最終的には健康法、家庭療法、新宗教へと流れ込んで姿を消していった。
本書は、さまざまな領域に姿を現す民間精神療法の技法と思想の系譜をひも解き、歴史研究の基礎を構築することを目指す。
序論では、先行研究を検討、民間精神療法の略史を祖述した上で、精神あるいは精神療法という語が定着したゆえんを思想史的に検討する。
第Ⅰ部では、海外から流入した最新の概念や技法の土着化を検討する。近代日本に誕生した物理療法は医学と霊療術をまたいで広まり、松本道別はメスメリズム的「人体放射能」をあやつり、ラマチャラカ(引き寄せの法則の元祖、ウィリアム・ウォーカー・アトキンソンの筆名)の「ヨーガ」技法は世界を駆け巡り、日本にも流れ込む。
第Ⅱ部では、舶来の不可視エネルギーと混じりあって日本で生み出された技法や思想の形成過程を追う。川合清丸がこの法を以て天下国家を平地することを大発明した「吐納法」、日本の農学博士第一号にして貴族院議員にもなった玉利喜造が説き多くの療法家から歓迎された「霊気説」、右翼思想家・三井甲之が国民宗教礼拝儀式と位置づけ実践した「手のひら療治」、時代の要請に合わせて変容を遂げた野口整体の「活元運動」にその例を見る。
第Ⅲ部では、世界中で行われている日本発の民間精神療法、レイキの形成過程と今に迫る。海外から移入された技法に影響を受けて成立した「臼井霊気療法」は、その概念ごと「翻訳」されて太平洋を渡り、アメリカで広まったあとレイキとして再度日本に上陸し、セラピー文化の基盤的知識となる。
第Ⅳ部では、主要な療法家48名とその主要著作を、「序論」の時代区分にしたがい、自己治療系と他者治療系に大きく分けて紹介する。
明治以降のグローバリズムの波を受けて流入したエネルギー概念や心身技法に、日本の伝統的宗教技法が混じりあって生み出された民間精神療法は、〈呪術の近代化〉という点で西洋の近代オカルティズムに相当し、〈催眠術の呪術化〉という点ではアメリカのニューソート運動と並行する。しかも、それらはグローバルオカルティズムという輪の中につながっていたのである。その全体像をさまざまな視点から横断的に描く、初の本格的論集。