「優れる者が勝ち劣れる者は敗れる、これ天理かな」幕末に洋学者として出発し、維新後は明六社社員として立憲政治の啓蒙に努めるも、のちに天賦人権説を否定した東京大学初代綜理・加藤弘之(1836-1916)。加藤の唱えた社会進化論が明治国家の思想に与えた影響を考察、学者としての加藤の実像に踏み込み、近代日本の形成期における社会進化論と国体論との相克/親和を描き出す。