都内某所にある割烹「味占郷(みせんきょう)」。基本的に予約は不可、営業は不定期。新鮮な食材が入荷した折に、亭主が気の向いたお客様をおもてなしする、嫌みなお店。古来の日本人の食を再現した料理と、古今東西のとびきりの美術品でもてなすは、世界中の粋人たち──。
2013年9月より「婦人画報」誌上で掲載中の、杉本博司さんによる人気連載「謎の割烹 味占郷」が書籍になりました。古美術への深い造詣で知られ、執筆や空間設計、伝統芸能のプロデュース等、幅広い分野で活躍する著者が新たな表現の場として選んだのは「想像上の割烹」。誌面上で著者は名を伏せて「謎の割烹店亭主」に扮し、多彩なジャンルで活躍する著名人をゲストに招きました。彼らのパーソナリティに着想を得て、自ら料理の腕を振るい、古美術品のコレクションを取り合わせる──。写真と文章で構成された全27回に及ぶ「もてなしの物語」は、すぐれた器や美味、床飾りを紹介するものであると同時に、それ自体が芸術作品といえます。食文化や美術のみならず、芸能、宗教、歴史観、人生観など、稀代の現代美術作家の視点で切り取られた「日本人の心性」を考える上でのヒントがちりばめられた一冊です。
私はごちそうと共におもてなしも嫌いだ。心のこもらない、贅沢なおもてなしには辟易とする。しかし心のこもったおもてなしのほうがもっと辛い。おもてなしには何か対価を求めるいやしさが付きまとう。人生を生き抜く為には他人をもてなし、もてなされ続けなければならない、しかしそこには、 常に表なしの裏わざも求められる。
私は慇懃無礼ではあるが愛のかけらのある、偏屈で嫌みな割烹のおやじとなって、顔を隠してここに登場することにした。私の知らない古き良き時代には、こんなおやじがいたかもしれない。 魯山人と湯木貞一が、酒神バッカスの宴に招かれたといった想定で、私の想像上の割烹を自作自 演してみた。酩酊こそが唯一私を人の悪さから解放してくれるからだ。(本文より)