お絵描き、苦手です。最大の原因は、学校時代に写生の授業で「デッサンがおかしい」「よく見て描きなさい、木はそんなかたちしてないでしょ」なんて先生に言われて、意気阻喪した経験にあります。作品の巧拙・優劣を「評価」されるたびに、この世には「ただしい描き方」があって、じぶんの絵は「まちがい」なのだと、気持ちがちぢこまっていきました。
恥ずかしながら、大学で美術史を聴講してはじめて、表現や創作とはこれほど自由なものなのかと驚きました。古今の美術作品や画家の仕事の内実に早くからふれていれば、わたしももう少し絵心をもてていたかもしれません。
ほんとうは、絵には「ただしい描き方」も「まちがい」もない。見えたまま、心にうつしだされたままに描けばいい。デッサンなどの技術はあとで習得できますが、感情や想像力を解放して自由に描く感覚は、幼いころに抑圧されると容易にはとりもどせません。それが後年、精神の貧困となってあらわれもします。美術教育とは本来、情操教育であるべきなのです。
本書はこんなふうに語りかけてきます―デッサンだのプロポーションだのは気にしないで! あなたはいま「まちがった、描き損じちゃった」と思っただろうけど、そのまま描きすすめてみて。どんな風景が見えてくる?―と。作者は学校で絵の手ほどきをするなかで、子どもたちがみずからを解放するよう励ませば、どんな「描き損じ」もすばらしい作品に発展するのをまのあたりにし、それにヒントをえて本書を完成させました。やわらかくのびやかな描線、漆黒のインクと温かなパステルカラーの美しいコントラストが、子どもはもちろん大人をも表現・創作へといざないます。ピーター・レイノルズの古典『てん』から20年、図画ぎらいの心を解放する新たな名作の誕生です。『てん』同様、美術だけでなくあらゆる分野で求められる想像力・創造力を養うための副教材としても最適です。(しまづ・やよい)