何百人もの「声」がきこえる。戦争を「事実」ではなく「感情」で描く証言文学の金字塔
プロパガンダに煽られ、前線で銃を抱えながら、震え、恋をし、歌う乙女たち。戦後もなおトラウマや差別に苦しめられつつ、自らの体験を語るソ連従軍女性たちの証言は、凄惨でありながら、圧倒的な身体性をともなって生を希求する。そうした声に寄り添い「生きている文学」として昇華させた本作をはじめ、アレクシエーヴィチの一連の作品は「現代の苦しみと勇気に捧げられた記念碑」と高く評価され、ノンフィクション作家として初のノーベル文学賞を受賞した。原発事故、差別や自由、民主主義等、現代世界に投げかけられた問いを提起し続けるアレクシエーヴィチの文学的価値について、彼女とも親交の深いロシア文学研究者の沼野恭子氏が解説する。
★スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチとその作品について
1948年、ソ連ウクライナ共和国スタニスラフという町で生まれる。父はベラルーシ人、母はウクライナ人、執筆言語はロシア語。父の除隊後、一家はベラルーシのミンスクに移住。
1972年、ベラルーシ国立大学ジャーナリスト学部を卒業後、新聞記者、雑誌記者として活動。アレシ・アダモヴィチによるパルチザンの証言集『燃える村から来た私』(ウラジーミル・コレスニクとの共著、未訳)を読んだことがきっかけで1978年より第二次世界大戦ソ連従軍女性への取材を開始。その証言集は、ゴルバチョフによるペレストロイカが始まった1985年に『戦争は女の顔をしていない』として刊行される。その後も一貫して時代の証言者の「感情を聞く」というスタイルで、第二次世界大戦時に子供だった人たちの証言集『ボタン穴から見た戦争』(1985)、アフガン戦争の実態を伝えた『アフガン帰還兵の証言』(1991)、史上最悪の原発事故の証言を集めた『チェルノブイリの祈り』(1997)、ソ連共産主義時代およびソ連崩壊後の混乱した社会を描いた『セカンドハンドの時代』(2013)を刊行。この5作は、共産主義という「赤いユートピア」を目指した人類の実験がどのような経緯をたどり、それを人々がどのように受け止めたかを克明に記そうとしたアレクシエーヴィチのライフワークであり、「ユートピアの声」五部作と総称される。(※いずれも刊行年はロシア語版の刊行年。タイトルは邦題)
ベラルーシでは著作が反体制的とみなされ出版が許されず、2000年~2011年にかけてヨーロッパ各国で暮らしたのちに帰国。
2015年、ノンフィクション作家として初めてノーベル文学賞を受賞。
2020年8月の大統領選挙に端を発した民主化運動で「政権移譲調整評議会」の幹部に名を連ねたことから再び亡命せざるを得なくなる。