99歳、最期の長篇エッセイ。
切に愛し、いのちを燃やし、ペン一筋に生き抜いた。70余年にわたる作家人生の終着点。
「結局、人は、人を愛するために、愛されるために、この世に送りだされたのだ。
充分、いや、十二分に私はこの世を生き通してきた。」
三島由紀夫、萩原健一、石牟礼道子ほか、人生でめぐり逢った忘れえぬ人々、愛した男たち、そして家族の記憶。99歳まで現役作家としてペンをふるった著者が、自らの老いに向きあい、「その日」をみつめて綴りつづけた、最後の自伝的長篇エッセイ。
・本書よりーー
私は自分の「その日」を、どのような形で迎えるのであろうか。
九十九歳とは何と長い、そして何と短い時間であっただろう。
百歳近く生きつづけて、最も大切なことは、自分の生きざまの終りを見とどけることだけであった。
戦争も、引揚げも、おおよその昔、一通りの苦労は人並にしてきたが、そんな苦労は、九十九年生きた果には、たいしたこととも思えない。
生きた喜びというものもまた、身に残された資産や、受けた栄誉ではなく、心の奥深くにひとりで感得してきた、ほのかな愛の記憶だけかもしれない。
結局、人は、人を愛するために、愛されるために、この世に送り出されたのだと最期に信じる。
充分、いや、十二分に私はこの世を生き通してきた。