「登山という行為そのものが、本来は『それ』から出発したものだと私は考える。…『それ』は喜怒哀楽の波にもまれて終わる短い人生に,一つでも二つでも喜びや楽しいことの方を追加することなのだ。忘れられたり、知られずにいたものを発見して皆の宝とすることなのだ」(「マッキンレー1960年」) あらゆる世界に、未登の頂を発見せんとした建築家吉阪にとって、極地,豪雪地、山岳地の住居・都市像は、正に皆の宝とすべき未登の頂であった。胎動間もない日本の雪氷学を背負い,山小屋の岩肌にきざんで一歩一歩昇って行った吉阪。どこでもいい。吉阪の生み出した山小屋目指して登ってみよ。激しい風雪と闘うためにあらゆる虚飾を剥ぎ取った原型としての砦が、暖かく迎えてくれるはずだ。