親子は、なぜこんなにも分かり合えず“生きづらい”のか――。
トランスジェンダーである“僕”は、幼い頃から抱いてきた違和感が成長と共に膨らみ、ある日、家族へのカミングアウトを決意する。
“僕”の語り――
「男になりたい」ずっと嫌なことばかりで、我慢ばかりで生きてきた。
でも、泣き叫ぶしかできない僕を見る母親の目は、冷ややかだった。
ムカつくのに、あの人に愛されなかった思うことが、すごく悲しかった。
“母”の語り――
念願の娘が息子になんて。天と地がさかさまになるような気持ちだった。
美穂は、なんてわがままな子なんだ、と。
受け入れることはおろか、話を聞くことすら私にはできなかった。
(「カミングアウトの明暗」より)
“僕”と“母”。親子それぞれの肉声で語られる物語は、溶け合うことなく互いに時を刻み、やがて予期せぬ軌道を描いてゆく――。
本書は、年月を重ねるごとに変化する、トランスジェンダーを取り巻く問題が克明に記されるとともに、戸惑いや葛藤を行きつ戻りつして進む、母親の本音が生々しく語られるノンフィクション作品。家族だからこそ伝わらない複雑な想い。理解とは何か。共に生きるとは何か。この小さなひとつの家族の物語に、どこか「わたしたち」自身の姿を見出さずにはいられない。
親子の語りを受け、ジェンダー・セクシュアリティを専攻する臨床心理士・佐々木掌子氏(明治大学)による「解説」と、フェミニズム・クィア理論を専攻する清水晶子氏(東京大学)、臨床心理学者・東畑開人氏(白金高輪カウンセリングルーム)を迎えた鼎談「願われた幸せの先――「生きづらさの理由」は説明できるか?」を導きの糸に、「違ったままで、でも共に」生きるという結論にたどりついた、家族の物語を紐解いていく。