• 著者辻留 辻嘉一

茶懐石

はしがき

 茶の湯は日常生活とは別の趣味的な遊びであるのか、日常生活そのものなのか、と、よく人に聞かれることがあります。  多くの人びとはお茶のお稽古が炭点前や点茶点前に終始する面だけをみて、茶の湯は煩雑なものと思い、また茶席に臨んでは茶器の優劣をことさらに競うさまだけをみて、茶の湯は骨董趣味のものであると思っているようであります。  しかし、そのいずれもが茶の湯の一面しか理解されていないものであることは申すまでもありません。 利休居士の茶の湯が簡素な生活にたって、生活の楽しみがその簡素さの中にあることを主張したものであったことは、今日、茶事に関心を寄せる人びとの共通した見解のようです。 茶事の要領を得た洗煉がそのまま日常生活の洗煉につながるところに、茶の湯の真の姿があるのだと思います。  懐石は茶事での食事として茶事の洗煉と共に発達してまいりましたが、これもまた日常生活とは別の、遊びの食事なのでは決してありません。勿論、「料理のはんじもののように」と批難されるような傾向が、懐石になかったわけではありません。しかしそれは、茶の湯の理解が中途半端な末流の人びとの手になった懐石であって、真の懐石の姿ではありません。  懐石は茶の湯の心を心とし、日常の食事に茶事の洗煉をとりいれたもので、私が日頃申しております「懐石はお惣菜である」という意味は、ここにあるのであります。  懐石が、単に味覚に訴えるにとどまらず、視覚的にも如何にして美しくあるべきか、色彩にも心をくばり、食事の運びの間にも細やかに気をくばるのは、茶事が生活を芸術と観ずるものであり、懐石が茶事の大切な一つの要素をなしているからであります。  懐石は決して「料理のはんじもの」でもなく、また「贅を尽した」ものでもないことを、ご理解いただけることと信じます。

昭和三十三年九月 辻嘉一

昭和三十三年十月二十五日 初版 昭和 五十年十一月二十日 十八版

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