• 著者日本秘湯を守る会

日本の秘湯

山のいで湯守って  ずいぶん山の中で不便な思いもしました。 冬は交通が途絶えたり食糧の確保すら難しい時代が長く続きました。 いっそのこと山を降りてどこかで観光旅館でもと考えたこともしばしばでした。  しかし、長年にわたってお訪ね下さるご常連のお客さまや、先祖が守ってきた温泉のことを思うと去ることも新築することにも頭をかかえました。 "残残してくれ〟〝古くさい建て直せ"そんなお客さまの声を自問自答しながら生きて参りました。  私どもの宿では、草一本、石ころひとつにも皆さんとの血が通っているように思われてなりません。 古いものや自然環境を残そうと、今日まで言うに言えない苦労も致しました。  おかげさまで、昨今はそれだから来たんだよとおっしゃるお客さまが多くなり、古さを守るという生きがいすら覚えるようになりました。有難いことだと思っています。山あいの古いボロ屋ですが、昔ながらの木の湯にひたり、〝宿の夫婦が摘んだ山菜の味でよい、炉ばたでおやじ語ろうよ”と、おっしゃる皆さんのためにいつまでも生き続けたいと念願しております。  雪どけの道をお帰りになったあのお客さん、無事に国道まで出られたかしら······ そんなことを気にしながら今宵もまた訪ねて下さった都会の方々に山の暮しのおしゃべりを続けて参ります。 日本秘湯を守る会 会員旅館一同

◆◇◆ 編集後記  「秘湯」という言葉は、 現代生活では失われがちな自然への憧憬、どこかで「自然に帰りたい」 「日本の懐かしき原風景へ」 ・・・現代人のやまない郷愁の心をよびさましてくれる響きがしてなりません。まさにこの造語を初めて生み出したのが当時の株式会社朝日旅行会の創業者だった故岩木一二三先生(平成13年没)でした。先生の旅心や業界人のなかでも傑出した先見性や鞭撻が、高度成長真っ盛りのなか観光業界でさえ見放すほどの秘境にある小さな湯宿をいとなむ宿六に限りない希望と勇気を与えてくれました。 世にうち捨てられ山河の孤島にある温泉宿が、 その新語「秘湯」の命名を授かって産声をあげたのが昭和50年、当時わずか三十数軒での船出でした。  昭和52年、秘湯宿を先生が取材執筆し、旅人の心をきざみこんだ紀行文からなる「日本の秘湯」 初版が38軒の湯宿を収録し誕生しました。思えば会創設以来30年余り、時代が移り変わる中、美しくまた嵐や豪雪そしてどこまでも伸びる土だらけの山道を、時に泥まみれになりながら、共に個々の会員と悩みや喜びを分かち合いながら歩いてきたように想います。 今回、改訂版の第17版に到る道のりも言葉にならない悲しみを抱えました。自然の猛威は時として人間の想像を絶します。景勝に恵まれつつ自然環境をいかに注意深く観察予測するのか、現実には行政や地域一丸とならなければ成し得ない複雑にいりくんだ幾多の難問に常に晒されています。現代のわれわれは、自然のままの姿をより一層希求しながら、 他方ではいかに利便追求・科学や機械だのみ・コスト優先に走り、自然界の脅威や苦労や感謝の念を忘れ、近視眼的で易きに流れやすい時代に生きていることでしょうか。  大自然の最前線で宿をかまえる多くの秘湯の会員宿。自然の恵み豊かな温泉宿だからこそ、そんな遠路や旅の労をいとわず訪れてくださる旅人たち。その温泉は有限な天然の資源。温泉は雨水等が何十年、何百年もの時間をへて再び地表に湧き出でた母なる地球の贈り物。豊饒なる自然や原生林が産み育んだ真の温泉、であればこそ心身に未知なる生命力さえも吹きこんでくれる。しかし地球の原生林や自然の破壊、全国で拡大しつづける無尽蔵な大深度の掘削や揚湯。生成源の破壊と乱消費に歯止めがかからない現代、食い荒らされ続ける有限資源である温泉は、近い将来かならずや枯渇していく危機的状況にあります。自然の恩恵と厳しさは表裏一体。どう裏山の 自然を守るのか。自然の保水力を守るのか。いかに湯脈の分断を回避するのか。いかに原初の天然のままの温泉を後世に引き継ぎ守るのか。 未来へどう日本の水環境を守るのか。 守ることなく自然の猛威やしっぺ返しから逃れられない。 今の豊かさに酔いしれることなく...。 今のあり様が未来の末路を決定づけてゆくのだから。 21世紀に目指すべき課題として、大きな視野をもって先見の明を養い、地球や社会全体の一翼となり核となって、地域の安全や自然・地球環境を守る自然保全事業にも尽力しなければ一軒の宿さえ守れない事実を肝に銘じ、皆様のよりコアな御力も借りながら未来への誓いを新たにし、日本の原風景や地域文化が遺る秘湯を守っていきたいと思っています。  「日本の秘湯」は旅人と秘境の湯宿を繋ぐ架け橋です。よりよき秘湯の未来へ向かう架け橋になるよう願う次第です。このたび第17版の発行にあたり、度重なる編集会議を開き検討を重ね、収録する会員宿も191軒を数え、新たに日本伝統の食文化を守るべく新設された”日本の食文化を守る会(朝日旅行協力会部会)の会員店の紹介も掲載し一段と厚みを増しました。また温泉情報も会員宿から提出された温泉分析書や浴槽泉のデータをもとに時代に対応したさらなる浴槽の温泉情報も加え、平野富雄先生 (日本温泉協会学術部委員・理学博士)のご指導を仰ぎ、泉質の内容等を掲載しました。 平成19年10月吉日 佐藤 好億

「日本秘湯を守る会」ホームページアドレス http://hitou.or.jp 日本の秘湯(第17版) 850円(税込) 平成19年11月10日発行 監修 (中) 日本秘湯を守る会 発行所株式会社朝日旅行 東京都港区芝大門一-四-八 (電話)03-5777-6724 印刷 凸版印刷株式会社

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