"李小龍、ブルース・リー(1940-1973)没後50年。彗星のごとく現れ、そして消えた男。アメリカのサンフランシスコで中国の演劇俳優の息子として生まれ、中国拳法を修めたリーは、独自の流派・截拳道を編み出す。やがて異国の地・アメリカで中国武術を広め、数多くの有名人に指導し、映画界入りを果たしたブルース。ドラマ『グリーン・ホーネット』などで強烈なインパクトを残すも、東洋人であるという理由で差別を受け挫折も味わった。だが香港に帰国後、制作された主演映画『ドラゴン危機一発』(1971)『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972)が大ヒット。一大ブームを巻き起こす。さらに自身で監督・主演をこなし、ローマでも撮影した第3作目『ドラゴンへの道』(1972)で一躍スターの座に昇る。しかし、ハリウッド映画『燃えよドラゴン』(1973)の完成後、制作中だった『死亡的遊戯』(死亡遊戯)撮影再開をしようとした矢先、32歳の若さで逝去。しかし、スクリーンの世界で不滅の姿となった彼は、東アジアに留まらず、世界中の人々を熱狂させた。現代にまで通じる総合格闘技の源流を生み、映画・ゲーム・アニメなどのあらゆるジャンルのクリエイターに絶大な人気を誇り、多大な影響を与えていることはいうまでもない。自らに厳しい鍛錬を課し、極限まで鍛え上げられた肉体は見るものを捉えて離さない。「Be water,my friend(友よ、水になれ)」「Don’t Think Feeeel!!」、彼が遺した言葉とともに、純粋なまでの魂に共鳴し、没後から今までの50年とこれからの50年を考えたい"