ハワードの田園都市論からニュータウンへ――
人々の暮らし、まちづくりは一世代だけで終わるものではなく、その時の時代に合わせて変容を重ねつつ生き抜いていく必要がある。オールドニュータウンの暮らしの活性化に向けての現場での小さな試み、小さなつぶやきの中に、その萌芽があるはずである。(本文より)
1975年頃からニュータウンの計画・設計・研究に取り組んできた著者が、現場での実体験を交えて「オールドニュータウン問題」について論じる。
近代ニュータウンのルーツである理想都市の源流から第二次世界大戦以降のニュータウンの歴史を、計画者、設計者らが時代のテーマと格闘してきた結果と見なしたうえで俯瞰し、従来の「ニュータウン再生」議論をこえて、オールドニュータウンを「活かす」ことによる大都市圏郊外の魅力化・再編を問題提起し、人口減少・超高齢社会における公的セクターの重要性等の具体的な提言を行った。
また、戦後大都市圏への人口集中によるスプロール対応策として、主に大都市圏郊外に造られてきた、一見類似して見える日本のニュータウンを類型化すると同時に、戦後日本のニュータウン事業の初期(千里ニュータウンとほぼ同時期)に、事業化された兵庫県の「明舞団地」(明石舞子団地)における暮らしの活性化に向けた挑戦を事例研究として紹介する。