秀吉による文禄・慶長役(壬辰倭乱)の後、国交回復や被虜の送還を目的として、江戸時代初めての朝鮮通信史が来日してから今年で四〇〇年になる。外交関係を担った対馬藩や雨森芳洲、新井白石のこと、旅程と饗宴の実態、文化人の多彩な交流などを描きながら、一二回に及ぶ通信使の今日的意義を考える。