世界的なベストセラー『国家は破綻する 金融危機の800年』(原題:TIME IS DIFFERENT) の共著者であるケネス・ロゴフ・ハーバード大学教授の最新作。原題は、CURSE OF CASH。 直訳すると、「現金の呪い」となるが、その深い意味については、齊藤誠一橋大学大学院教授の解説が詳しい。
ロゴフ教授は「キャッシュレス」社会ではなく、「レスキャッシュ」、つまり現金の少ない社会への移行を説く。ビットコインなどの暗号通貨への移行を想定しているかといえばそうではない。 現行の高額紙幣の廃止による「レスキャッシュ」社会こそ、あまたある経済社会の問題を解消するカギとなる、という。もちろん、ゼロ金利制約をもたらす現金の壁を取り払い、 マイナス金利を大胆に実施できることも大きなプラスとみる。
以下は、ロゴフ教授の日本語版への序文から一部抜粋した。
「現代の先進国でも、現金はいまなお重要な役割を果たしている。 とくに小口の取引をするときやプライバシーを守りたいとき、そして大規模な災害が発生したときには現金 が欠かせない。だが現金は、大規模な脱税や犯罪など、本来の目的以外の用途でも暗躍している。 本書では多くのデータと歴史的事実を引きながら、政策当局は現金の光の部分だけでなく闇の部分にももっと目配りすべきであると説く。 ここでお断りしておきたいのは、筆者が提案するのはあくまで「レスキャッシュ社会」(現金の少ない社会)への移行であって、 けっして「キャッシュレス社会」(現金のない社会)を主張しているわけではないことだ。本文中でも、遠い将来にわたって、仮に中央銀行がデジタル通貨の導入に踏み切っても なお、物理的な通貨を維持することは必要だと繰り返し主張している。ただし政府は、まっとうな市民に現金の利便性を確保しつつ、地下経済に関与する企業や個人が 大口の現金取引をおいそれとはできないようなシステムを設計する必要がある。 (中略) 言うまでもなく、金融政策は万能ではない。日本の人口問題も、硬直的な移民政策も、金融政策ではいかんともしがたい。 だが日本が長年にわたってデフレに悩まされていること、この問題の解決には徴税効率を高める必要があること、かつIT化が進んでいることを考え合わせれば、 地下経済への現金供給を抑制し税逃れを防止する策を講じるのに、日本はまさに理想的な国と言えよう。レスキャッシュ社会へ移行する方法は一つではないが、 おそらく最もシンプルで、最も非干渉的なやり方は、高額紙幣の段階的廃止であろう。なお段階的とは五~七年かけてゆっくり進めるという意味であり、 まずは一万円札から始めるのがよいだろう。一万円札は、日本の通貨流通高のじつに九〇%以上を占めている。」