荷を背負ったまま、漆職人の兼七は呆然と土間に突っ立っていた。ようやく納得のいく品が仕上がったのに-。女房子供に捨てられてまでのめり込んだ漆器作り。それを披露する注文主の死に落胆した兼七は、あてどもなく町を歩いた。そうしてふと気づくと、路地の奥にある奇妙な小店に辿り着いていた(『猫の椀』より)。夢現の世界の中に人の温もりを描きこむ、傑作時代短編集。