人間誰れにでも惻隠の心(あわれみの心)が備わっている。例えば、よちよち歩きの幼な子が今にも井戸に落ち込みそうなのを見かければ、誰れしも思わず知らずハッとしてかけつけ、助けようとする。-これは孟子がその性善説の論拠を示した公孫丑篇の一条だが、『孟子』の魅力の一つはこうした身近かで生き生きした例証にある。