ファン・ゴッホの没後100年を記念して、全4巻からなる新しいオランダ語版の書簡全集が1990年に刊行された。これまでに刊行されてきたファン・ゴッホの書簡集は一部に削除、省略、伏せ字などがあったが、近年それらが開示され、原文の綿密な解読作業による修正もなされてきている。この日本語版の一巻本選集は、この面目を一新した書簡全集の全貌を簡潔なかたちで日本の読者に示そうとして編者が新たに編んだものである。また、アルルでの共同生活前後のゴーガンの手紙もこの選集のなかに組み込まれている。
「これまで〈神話化〉されてきたファン・ゴッホの伝記を修正する研究が近年発表されている。父親がフィンセントを精神病院へ入れようとした〈ヘール事件〉その他、これまで伏せられてきた文章は公刊されてこの選集にも入れられている……売れない画家の兄は弟に依存したが、弟は兄の仕事を共同で進めるという一体感を強めてゆく――あつれきと感謝、不満と感動を縒り合わせる絆の物語がこの書簡集である。これほど自分の気持をさらけだす文章はめったにない。
セザンヌもゴーガンも自然と都市文明の落差を敏感に意識したことでファン・ゴッホと共通するだろうが、日々の仕事、自然から受ける感動、女性や貧しく、恵まれぬ人びとやすぐれた人物の仕事への敬意などを長文で語る日録さながらのフィンセントの書簡集はドキュメントとして、また記録文学として抜群の価値をもっていると思う。また彼か浮世絵に強い関心を抱いたことだけでなく、一茎の草から宇宙に及ぶ自然への没入が日本の芸術家に見られるとして、その賢者を理想と考える面でも日本の読者はフィンセントになお深い親近感を覚えるのではなかろうか」。(編者あとがき)