もともとプールとして設計された設備を、劇場に転用した苦肉の策からはじまったと言われる宝塚少女歌劇団。阪急電鉄の経営にたずさわった小林一三は、さまざまな仕掛けやアトラクションで鉄道事業を成功に導こうとした。箕面動物園、こども博覧会、お伽芝居といった次々打ち出された娯楽を人々はいかに享受したのか、宝塚少女歌劇にいたるまでの沿線開発の歩みを当時の世相と共にたどり、明治・大正の文化史の一場面を活写する。