江戸に拡がる暖かい煮炊きの煙
人はね、当たり前のことがおもしろくないんだよ。裏返しや逆さまが好きなのさ――
のぶちゃん、何かうまいもん作っておくれよ――。夫との心のすれ違いに悩むのぶをいつも扶(たす)けてくれるのは、喰い道楽で心優しい舅、忠右衛門だった。はかない「淡雪豆腐」、蓋を開けりゃ、埒もないことの方が多い「黄身返し卵」。忠右衛門の「喰い物覚え帖」は、江戸を彩る食べ物と、温かい人の心を映し出す。
「読み進むほどにページを繰るのが早くならずにはいられない小説がある。この小説もそうだった」――塩田丸男(解説より)