昭和十一年一月、北アルプス・槍ヶ岳北鎌尾根で消息を絶った加藤文太郎。彼は、たったひとりで冬山を次々に踏破し、「単独行の加藤」として名を馳せていた男だった。案内人(ガイド)を連れた登山があたりまえだった時代、あえて単独行を選んだ彼は、決して特別な存在でも、超人的な力をそなえていたわけでもなかった。ごく普通の人間的な弱さをもった男が、なぜひとりで、しかも苛烈な冬山を志向したのか?構想35年。谷甲州が、史実を元に真実の加藤文太郎像を描ききる。『山と溪谷』に好評連載され、大幅に書き下ろしを加えた、本格山岳小説。